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パンが欲しい人誰? Who wants bread?

主イエスは「私は命のパンです」 と言いましたが、 パンがほしい人は だれ? もちろん、 世の中で、 パン・ご飯など食べれない人が いますけど、 日本の現在のグルメ文化で、 パン だけ では つまらなくない ですか? 食事のテレビ番組や 雑誌がはやってる 時代、 スーパーで毎日捨てるように 食材がありすぎる時代で、 パンより アキヨシの焼き鳥、ヨーロッパケンのカツ丼の持ち帰りを 頼みませんか?

私の国イギリスと日本では、 本当に飢える人が少ないです。 十分食べられる人が ほとんどに なりました。

過剰な食料の上に、 贅沢品、 ソーシャル・メディア ビデオゲームなどの食いしん坊になる危険があります。 この新しさ を常に追求する世界で、 データの食いしん坊になる危険もあります。 お腹だけ じゃなくて、 私たちの 頭も いっぱいです。 しかし、 いかに費やしても、 まだ もっと ほしい。 結局、 多分この世は まだもっと深い飢えで 飢えています。

イエズス会の創立者 聖イグナチオ・デ・ロヨラは この飢えをよく分かっていました。 軍人でしたから、 昔の騎士の話の本が大好きでした。 一度、 病気になり入院して、 病院で聖人の話の本しか ありませんでした。 あまり 読みたくないのに、 それしかないから 読み始めました。 驚くことに、 その聖人達の話が好きになりました。 聖人も、騎士のように、 勇ましい人だ と知りました。 しかし、 大きな違いがありました。 騎士の話が終わると、 楽しみも終わってしまいました。 逆に、 聖人の話が終わっても、 楽しみはずっと続きました。 イグナチオが聖人の生き方に従って生きると、 永遠の平和を感じました。 イグナチオの上辺上の欲しい物は その騎士の生き方でしたけど、 彼が心の底で 本当に欲しいと欲しったものは 聖人の生き方 そのもの でした。 神様の意志は 私の「欲しいもの」じゃなくて、 私の「欲しいと欲しったもの」だ と見つけました。 欲を感じると、 欲の欲、 つまり欲の原因を考えないと、 と言う意味です。 したがって、 私たちは、 世が与える物が欲しいと考える時、 この質問を聞いたら良いと思います: 「上辺だけで欲しいものではなくて、 欲しいと欲しったものは何でしょうか?」

毎週、聖餐式に来る前、 世にもらった物でお腹が痛いなら、 多分吐い…

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